抱き癖という迷信、その根拠を検証する
「抱っこしすぎると抱き癖がつく」と言われて、泣く新生児をどこまで抱き上げていいのか迷う親は多い。この考え方は昭和期の育児書に由来するとされるが、現在の発達心理学の知見はむしろ逆の方向を示している。迷信が生まれた背景と、新生児期に実際に役立つ関わり方をわかりやすく解説する。

生まれて間もない赤ちゃんが泣くたびに抱き上げていると、祖父母や周囲の先輩ママから「あんまり抱っこばかりしていると抱き癖がつくよ」と声をかけられることがある。悪気のない、むしろ心配からくる助言であることが多いが、この「抱き癖」という考え方は、現在の発達心理学の知見とはかみ合っていない。新生児の時期に限って言えば、研究が示す方向はむしろ逆だ。
「抱っこしすぎると抱き癖がつく」という思い込み
抱き癖という発想の根っこには、赤ちゃんも一種の行動学習をする存在だという前提がある。泣くたびに抱っこしてもらえると学習すると、赤ちゃんは泣くことを「抱っこしてもらうための手段」として使うようになり、抱っこなしでは満足できない子になってしまう、という理屈だ。一見筋が通っているように聞こえるが、これは新生児がそこまで意図的な駆け引きをできる存在だという前提に立っている。実際には、生まれたばかりの赤ちゃんにその種の計算はまだできない。この時期の泣きは要求を通すための戦略ではなく、空腹・不快・不安といった状態を伝える生理的なシグナルだ。
もう一つの前提は、放っておいても赤ちゃんは自分で気持ちを落ち着けられるはずだ、というものだが、これも新生児の体の仕組みとは合っていない。呼吸や心拍、体温を自分だけで安定させる力はこの時期にはまだ十分に育っておらず、そばにいる大人が触れて、抱いて、声をかけることで、赤ちゃんの状態が外から支えられて初めて落ち着いていく。これは発達心理学で「共同調整」と呼ばれる過程で、大人になってからの自己コントロールとは前提がまったく異なる。
なぜこの迷信が生まれたのか
「抱き癖」という言葉自体は昭和初期からあったとされるが、広く一般家庭に浸透した背景のひとつに、1960年代前後に日本でも読まれたアメリカの小児科医による育児書の影響がある。そこでは「泣いてもすぐには抱き上げず、しばらく様子を見る」という方法が推奨されており、抱っこを行動のしつけの一種として扱う発想が、当時の育児常識として広まった。裏を返せば、抱き癖という考え方は科学的な発見というより、ある時代の育児観がそのまま定着したものだった。
その後、愛着理論をはじめとする発達心理学の研究が積み重なるにつれて、この前提は見直されていった。赤ちゃんの欲求に一貫して応じることは、自立を妨げるどころか、むしろ「困ったときには助けてもらえる」という基本的信頼感を育て、後になってから安心して周囲を探索する力の土台になることが分かってきている。抱っこをしすぎたせいで自立が遅れたという裏付けも、逆に抱っこを控えたおかげで発達が早まったという裏付けも、現時点では見当たらない。
現在の研究が示すこと
現代の小児科医や助産師の間では、抱き癖という概念そのものへの支持は薄れており、新生児期に赤ちゃんの求めに応じて抱っこすることを問題視する立場は少数派になっている。求められたときに応じる関わり方(応答的な養育)は、赤ちゃんが「泣けば誰かが助けてくれる」という感覚を積み重ねる機会になり、これが安定した愛着関係の土台のひとつとされる。安定した愛着を築いた子どもは、その後の発達段階でむしろ落ち着いて周囲を探索したり、新しい環境に適応したりしやすい傾向があると報告されている。
応答的な養育といっても、赤ちゃんの求めに100%完璧に、即座に応え続けなければならないという意味ではない。多少の応答の遅れやばらつきがあっても、全体としておおむね一貫して応じているという実感を赤ちゃんが持てることが土台になるとされており、どう応じるかの具体的なやり方は家庭やきょうだいの有無によって変わってよい。
実際にどうすればいいか
新生児の時期は、泣いたら抱き上げる、授乳する、体をぴったり寄せて安心させるといった対応は、後々困る癖をつけているのではなく、赤ちゃんの神経系がまだ自分ではできないことを外から助けている段階だと捉えるとよい。抱っこ紐やおんぶ紐を活用すれば、家事や上の子の世話をしながらでも赤ちゃんとの密着した時間を確保でき、抱っこのためだけに毎回手を止める必要がなくなる。
この考え方がいつまでも同じ形で続くわけではない。赤ちゃんが成長して幼児になり、少し待つ・自分で気持ちを落ち着ける・見通しを理解する力がついてくると、応答の仕方も自然と変わっていく。ただし新生児期に限って言えば、泣きにすぐ応じることは将来を心配して控えるようなものではなく、この時期の発達を支える関わり方だと考えてよい。
よくある質問
新生児はずっと抱っこしていないといけませんか?そうではない。応答的な養育とは、赤ちゃんのサインにおおむね応じるという姿勢のことで、起きている間ずっと密着していなければならないという意味ではない。うつぶせ練習や昼寝、少し自分の時間を持つために赤ちゃんを寝床に置くこと自体は問題なく、求められたときに応じることのほうが大切だ。
この関わり方は成長してからも変わりませんか?子どもが自分で待つ力や気持ちを落ち着ける力を身につけていくにつれて、応答の仕方の具体的な形は変わっていく。ただし「求めに応じてもらえる」という土台となる感覚自体は、新生児期を過ぎても引き続き大切にされる。
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